東京大学大学院情報学環アーカイブ 第一次世界大戦期プロパガンダ・ポスター コレクション Homeサイトマップ
ポスター検索

概要
プロジェクトリーダーからのご挨拶
プロジェクト説明
版式調査について
ポスター紹介
制作クレジット
利用案内
凡例
利用方法
著作権
アーカイブ閲覧
関連サイト
ニュース一覧
お問い合わせ
概要

版式調査について
森 啓 (版式調査監修/女子美術大学大学院美術研究科 客員教授)

東京大学大学院情報学環の吉見先生と、また、かねてから、「第一次大戦期の戦争ポスター」について、共同で調査研究するプロジェクトのメンバーであった武蔵野美術大学の柏木博教授から、「版式調査」を依頼された時、これほどの困難に直面するとは気がついていなかった。

情報学環がその前身である新聞研究所時代から所蔵していた「第一次大戦期の戦争ポスター」の「版式」を「見ること」は、「印刷面の微細な点」の「精査」を行うことで足りると考えていた。そのための前準備として、印刷業界の古老の方々に、明治末年から大正前期の頃の印刷技術、とりわけ、「石版の印刷技術」について事情をうかがうことにして、二・三の大先輩の方々に連絡を請うたところ、まったく思いがけないことに、直面することになった。皆さん方が、異句同音に述べられたことは、「20年、遅い」ということであった。すなわち、石版印刷の現場の事情を知り、精確に伝えられることの可能な方々は、もう既に亡くなられてしまっているということを教えられたのであった。

そこから、困難な調査をスタートさせた。

現在の「ポスター」を印刷するシステムの主流は、オフセット印刷という機械方式の平版印刷の版式である。ほぼ一世紀前の第一大戦期の印刷方式は、活版印刷という活字版を主体の凸版、石版と亜鉛版・アルミ版の平版印刷、それに、グラビア印刷の凹版であった。

調査のメンバーは、「石版」に、手を触れた経験を持ち、「印刷」について、説明することの出来る方々の参加を請うことにした。印刷博物館の学芸員の方々、凸版印刷株式会社の現場を良く知る学識のある方、私の勤めている女子美の講師、助手、それに調査の記録面など実行スタッフとして、東京大学大学院の吉見研究室、女子美の大学院博士課程の院生という調査グループであった。

東京大学大学院情報学環所蔵の「第一次大戦期の戦争ポスター」は、662点。2005年の春から、ほぼ1年、精査の時間を要した。

国別には、米国が大部分の約500点余、カナダ、インドを対象とするものを含めた英国が約100点、フランスが約40点、その他イタリア語、ポーランド語のものなどが少数あった。版式は、活版を含めた「凸版」が約40%、石版を主体にした「平版」が約60%、「凹版」のグラビアが数点、シルクスクリーンが1点あった。

調査を終え、得た知見を列記すると以下のようになる。

  • 石版に直接、線画を描き、必要とする色彩のインキの石版を用意した石版画工の画家としての描写力、再現する力の高さに驚嘆したこと。
  • 3色版・原色版の版を持つ凸版が、1メートルを越える大きなものであったこと。
  • 米国の五大湖から東部の地域の印刷所が持っていた技術の高さ。石版印刷という伝統的な方式のみでなく、1910年前後に開発され「HBプロセス」と呼称された階調のあるカラー写真の分解と、殖版の新しい技術を応用した印刷のシステムが少数見られたこと。
  • 後の「プロセス」用の基準の色とは微妙に異なるが、3原色理論にもとづく各色のインキを用意し、使用していたこと。
  • 大きいサイズの印刷用紙を確保していたこと。当時の記録によれば、米国のポスターの印刷枚数は、1万枚を超え、画家クリステイの描いた「軍服を着た若い女性」の「海軍兵士の募集ポスター」は、10万枚を超える。

これらの事象は、北欧からの印刷用紙、当時最高の品質を持っていたドイツの印刷インキが、戦禍によって供給が途絶えても、カナダを含めた北米東部の生産力、技術開発力が、それを十分にカバーする自給態勢を整える力の保持が可能であったことを示していると思えるのである。

  • フランスのポスターは、石版印刷による長い伝統を持っているが、穏やかな色調で人々の日常的な生活を描き、独特の詩情溢れる画風は、「戦争ポスター」においても、十分に生かされていたこと。
  • 特に、米国の募兵ポスターに、天使を思わせる若い女性、神の加護を示す母性像が多く見られたことなど、ビジュアルシンボルの多用に広告宣伝作法の転用がみられたこと。
  • 米国のポスターの下端や四隅に記されているクライアントと考えられる米国の政府当局の名称やマーク、さらに、赤十字、戦時国債切手を示すロゴタイプなどの存在は、政府当局に、広報宣伝の場に、国家意思を示すメッセージを、常に送り出すシステムを持っていることを示していると考える。それは、戦意高揚、募兵から食糧節約の領域にいたるまでわたっている。国家を構成する人々に、常に情報を公開し、その協力を得ることが重要であることを政府当局者は認識していたのではないかと感じるのである。
「食糧節約と供給の努力」をアッピールする行政当局のポスターの下端に、[DIVISIN OF PICTORIAL PUBLICITY]の文字がある。1918年の時点で、「画像によるパブリシティ」 のコンセプトが意識されていたと思う。

東京大学大学院情報学環にある第一次大戦期の662枚のポスター群は、戦争のもう一方の側のポスターの存在が欠けていることを示している。それはまた、「戦争ポスター」の機能が果たされたとき、どのような結果がもたらせるかということをも示唆している。

「戦争ポスター」の1枚1枚の小さな画面を精査することは、印刷技術の発展の軌跡を 示すと同時に、この90年の間の人間の営為、ひとびとの歴史を顧みること、自己の姿を映し出す鏡を眺めることであることを教えられたと感じた。

Profile
森 啓 (Kei Mori) 女子美術大学大学院美術研究科 客員教授
1935年生まれ。日本大学芸術学部卒業。デザイナーとして、グラフィック、編集、ブックデザイン、タイポグラフィ、書体設計などの分野で活躍。桑沢デザイン研究所、武蔵野美術大学などにて教鞭をとり、明星大学日本文化学部教授、女子美術大学大学院美術研究科教授などを経て2005年より現職。専攻は近代デザイン、印刷デザイン、印刷技術、出版史など。2003年、精興社の活版技術についてまとめた『活版印刷技術調査報告書』(青梅市教育委員会、1997年)にて、日本出版学会学会賞特別賞を受賞。2004年には、女子美術大学にて展覧会・シンポジウム「タイポグラフィ・タイプフェイスのいま。――デジタル時代の印刷文字」の企画とディレクションを行い、同展・シンポジウムの図録を編集、制作。主要著書に、『写植教室』(共著)(日本印刷新聞社、1965年)、『世界デザイン史』(共著)(美術出版社、1995年)など。
Copyright © III, the University of Tokyo. All Rights Reserved.